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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)3034号 判決

控訴人(原審原告)

田中留治

外五名

代理人

山下昭平

外二名

被控訴人(原審被告)

横浜市

代理人

塩田省吾

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人ら主張の日時に本件池において本件事故が発生したこと及び本件池が被控訴人が公の目的に供するため設置し、管理している市営弘明寺公園の施設の一部であることは、当事者間に争いがない。

二本件事故が公の営造物である本件池の設置、管理の瑕疵によつて発生したものか否かについて判断する。

本件池は、弘明寺公園の入口から約一五〇メートル入つた三方を台地に囲まれた日当りの悪い傾斜した凹地にあり、横約一三メートル、縦約一六メートルの橢円形の古い沼池で、周囲の台地の湧水及び雨水の流入水、池底からの湧水を貯水していること、本件事故当時池の周囲には急な崖の裾に連なつている東南部を除き1.5メートルないし2メートル間隔に丸木の杭を打つた木柵が設置されていたこと並びに木柵の間をくぐり抜ける等して柵内に侵入することが可能であつたことは当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、本件池は、その周囲に遊歩道を廻らし、その内側にある前記木柵は、各杭の頂点部分と中間部分を丸太又は角棒をとりつけ、横に連結したもので、地面との間隔はぞれそれ1.05メートルもしくは0.65メートルであつたこと、本件池は都市公園法第二条、同法施行令第二条にいわゆる修景施設として自然の景観を保つよう管理され、池の水量も右目的に副うよう排水施設により調節されていたのであるが、少数の児童が柵の外側からエビガニ、雑魚等を釣ることはあつても特に児童達の遊び場とまではなつていなかつたこと、本件事故は、亡田中裕史らが池の北西側の中間部の横棒をくぐり抜けて入り、氷の上で遊んでいるうちに中央部の氷の薄い部分が割れて水中に落ち溺死したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

〈証拠判断・省略〉

本件池の如き公園施設として公共の目的に供しているものの設置及び管理について、通常有すべき安全性を保持するためには、一般的には、当該営造物の構造、用途、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を考慮して、具体的に通常予想されうる危険の発生を防止するに足ると認められる程度のものを必要とし、かつ、これをもつて足るものというべきであつて、およそ想像しうるあらゆる危険の発生を防止しうる設備を要するものではない。本件についてこれをみると本件池の設置の目的、場所的環境及び利用状況よりして通常に予想される唯一の危険は、池を廻る遊歩道から池への転落事故の危険であるから、被控訴人としては右危険を防止するために必要な設備をしなければならないことはいうまでもなく、またこれをもつて足るというべきである。本件池の周囲(東南側を除く)に設けられた木柵は、その構造、形状及び設置場所からしてわざわざ乗り越えるか又は横棒の間をくぐり抜けない限り柵内には入れず、遊歩道を歩行中又はそこで遊んでいるときに誤まつて池に転落することは完全に防止することができ、併せて池の中に侵入するのを制止する機能をも果しているものであつて、遊歩道から転落による危険の発生を防止するためには本件木柵の設置をもつて足るというべきである。本件事故はわざわざ木柵を潜り抜けて入り池の氷の上で遊んだため発生したもので、本来の池の利用状況からしても例外というべく、かような場合の危険の発生を未然に防止しえない本件木柵の設置をもつて営造物の設置に瑕疵があるとする控訴人らの主張は、本件池が景観施設である点を考慮すれば到底採用することはできない。なお、控訴人らは、本件池に排水装置が完全でなく、本件事故当時機能を停止していたこと及び危険防止のための標識を設けなかつたことをもつて設置管理の瑕疵と主張するが、右は本件事故の発生と何ら因果関係はなく、又これをもつて設置管理に瑕疵があると認めることはできない。

さらに控訴人らは危険防止のための監視をしなかつたことに被控訴人の危険防止義務違背があると主張する。〈証拠〉によれば、弘明寺公園には常駐の労務員二名が配置されているにすぎないことが認められ、危険防止のための監視の行なわれていないことは推認できるけれども、前記の如く本件池について通常予想される危険の発生防止の施設としては木柵の設置で充分である以上、本件事故の如き通常予測しえない事故防止のための監視員を配置しなかつたことをもつて公園の設置、管理者である被控訴人に義務違背があるということはできない。

三よつて控訴人らの本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、失当であり、棄却すべきである。

右と同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(石田哲一 杉山孝 小林定人)

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